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ミッチー天使になる

07 13, 2017
愛する姑のミッチーが人間のレベルがマックスになったのでめでたく天使に転職しました。
元より属性は天使だったので何の不思議もありません。
この世を旅立つ前に20日間意識不明になった事だけが本当に可哀想でした。
意識はなくとも肉体だけは反応していると医者は言いますが
むしろ私は、ミッチーには全て見えているのではないかと。
病室の中の悲喜こもごも、見舞いにくる客の思惑さまざまを。
ただ、超越して肉体を維持して、はぁはぁと戦う姿を私達に見せつけていたのです。
さあ、何か学びなさい、と。


女性によくあるエゴだとか嫉妬だとか愚かさを持ってなかったのか見せなかったのか、
でもそんなものあっても見せるのはアホだ、と思ってそうです。
何も見せず読ませずいきなり人を驚かすのがミッチーでした。
私は嫁いでミッチーに出会い、自分の存在を丸ごと受け入れてもらって、
実の親以上にか、愛を感じたのです。
嫁いで心から母と呼べる人が二人になったのです。

ミッチーはかつての脳梗塞の後遺症で記憶が保てず
海老フライ食べながら海老フライ食べてる事を忘れ、息子の名前を忘れ、
嫁の事は数年ばかりヘルパーさんだと勘違いして、
息子を婿にあげてもいいよ、と言うお茶目な姑でした。
ただされるがままに立ったり座ったりお尻を拭かれたりお風呂に入れられ、
来る日も来る日も繰り返し時代劇チャンネルを見ていました。
記憶が保てないので脳梗塞以降に見たものは全部新鮮なのです。
「なんでこんな体になったんやろう。情けないな〜。」とたまに嘆きましたが
おおむね終始無言の、超絶的に口数の少ない人でした。

だから
本当に、たまに
おお、しゃべった!
とう思う瞬間の一言一言がやけに重くて深くて涙が出そうです。

ミッチーの介護をしていて、
『ミッチーはいいね、息子と嫁がこんなに一緒になんでもしてくれて。
私は子供がいないから死ぬ時はきっと孤独死だよ〜。
誰も私の面倒は見てくれないよ。」と言うと、
もの凄く大きな声でハッキリと

「うちが見たる!」と言うのですよ。
泣いちゃいましたよ。

ミッチーは要介護5の両足ギブスの脳梗塞後遺症で半身麻痺の記憶もポンポン飛んじゃう人なのに
「うちが見たる!」か〜〜〜って。

結婚しても私が旦那の前で恥ずかしくておならが未だに出来ないんだよ、と言うと、
「こき!」
「え?」
「かまへんがな、こき!」
と、私がビックリしてしまうような事を言います。
なんて楽しい姑でしょう。

ま、未だにこけませんが。

ミッチーの意識不明になる日のこと
ミッチーは椅子に座ってテレビを観て
私は洗濯物を畳んだりしながら、一方的に(つまりいつも通り)おしゃべりしていました。

「お母さん、もうすぐ旅行に行くんだよ。」
「何処いくの?」
「ハワイ!!」
そう言った瞬間、ミッチーの顔がぱぁーーーーーっと明るくなったのです。
いつもつまらなそうなミッチーの顔に光が差し込んで胸が締め付けられました。
「おかあさん、ごめん!ちがうねん。冗談やねん。伊勢やで。伊勢に旅行に行きたいなーって。で、もうホテルも予約してるねん。でもミッチー、本当はハワイ行きたいんやね。」
「別に行きたないわ。」
「だめだめ、もうさっきの嬉しそうな顔見てしまった。」
初めて見たミッチーの本音に思わず抱きしめてしまいました。

いつもテレビでハワイが出ると夫婦でハワイに行きたいね、と言うと『別に」と興味を示さなかったミッチー。
心臓が弱過ぎて気圧の変化が無理なんじゃないか?と心配して来たのですが。
それから疲れたから少し寝ると言うミッチーをベッドに運び、私は晩ご飯を作っていました。
旦那が会社から戻り、ミッチーと一言二言話して『何で寝てるの、もうご飯やで。」と座らせ着替えに二階に上がり、下りて来るともう意識不明でした。

あとは救急車を読んで…。

本当はハワイに行ってみたかったミッチー。
他にもやってみたい事はあったと思います。
でも何一つ自分のしたい事など言わなかった人。
四人の息子を育てて、人生を生き抜いた人。

来月初盆です。

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ゴミが捨てたい

07 10, 2017
断捨離もすっかり定着したこの日本で、フランス人は10着しか服を持たないと脅迫され、それでも今日もモノに囲まれた生活を送ってます。

ああ〜〜片付けたいな。

時代劇を見ていると何も無いですものね。

ミニマリストですよね、時代劇。




でも江戸時代、真夏はどうしてたんでしょう。

めっちゃ汗かきますよね?

一日何枚も着替えたいときありますよね。

クーラー無いならなおさらですよね?



これ書いてる今もクーラーついてますよ。

ミニマリストさんは汗かいてます?

クーラーガンガンですか?

独り言です。

熱さボケとも言います。。。。



うちの二階にはお嫁に来た時から主人とご両親のあらゆるモノを放り込んだ開かずの間があります。

あそこを片付けて主人の書斎にするのが野望です。

もう一つは犬部屋にします。



犬達ももう老犬です。

終の住処を作ってやらないと。

前のシーズーのモップも看病には一部屋使いましたから。


パウリーももう11歳。

健やかに安らかに送ってやるために早く部屋を片付けないと。







寂しいお別れ

09 16, 2015
これは最期の『インコのアイスバーグさん』の記事になると思われます。
先月アイスさんはこの世界を旅立ちました。
当年11歳?
インコで言うと何歳なんでしょか?
私は20年は生きるのではないかと期待してたのです。
賢くて元気でものすごく綺麗なインコの愛すバーグさんでした。

アイスバーグはONE PIECEのwatersevenって島の市長さんの名前です。
船会社の社長でもあります。
「んまー!」って叫ぶクセがあります。
アイスバーグさんの船会社のダメ社員がパウリーです。

名前は
『アイスバーグさん』なので
アイスちゃん、と呼ぶのは間違いで
『アイスバーグさんちゃん』が正解です。

けれど気さくな彼はいつも自分を
「アイスちゃん」と呼んでいました。


アイスちゃん♪
アイスちゃん♪
アイスちゃん、可愛いね♪
パウリー、ダメ!!
おはよう
ピッピプップピ♪(マロニーチャン♪のCMを母が口笛で吹くのを真似するのです。)

他にもありとあらゆる言葉を発していましたが
やがて言葉数少なくなり、

最近おしゃべりしないね〜春になったら元気になるかなぁ?と言ってましたが
そのまま止まり木にも止まれなくなって、静かに眠るように逝ってしまいました。


アイスちゃんがいる間、母はアイスちゃんのエサのモミガラを庭にふーって吹いていました。
それを目当てに近所のスズメがやって来ました。
スズメはスズメを呼んで、大所帯になって
朝には母が玄関から出てくるのを待つようになり
しまいにはチュンチュン大きな声で呼び出すようになりました。

スズメにご飯あげまきゃ。

そう言ってアイスちゃんがいなくなった後も
母は新しいお友達にご飯を上げています。


私は

私は母からある日アイスちゃんの最期を電話で告げられて
本当に寂しく悲しかったです。

赤ちゃんのときのアイスちゃんをペットショップでもらって来て、
手で、まだ羽も生えてないアイスちゃんにエサをやって育てました。
色々な思い出が蘇ります。

人は昔には戻れないけど
思い出って残酷なほど鮮やかですね。


でもアイスちゃんとパウリーの思い出は私の人生の宝。
間違いない確かな事です。



近況 結婚三周年でした

09 16, 2015
昨日は結婚三周年でした。
正確には結婚式の三周年。
あと我が家では、入籍記念日と言うのがあります。
どちらも何も大した事はしません。
入籍記念日は海老フライ。
結婚記念日はトンカツと海老フライ。
どっちも旦那さんの大好物です。
なんでやねん。
私の大好物を聞け。



なので実家の母が結婚三周年おめでとうございますw
と旦那に言った時、
「はい〜ありがとうございます。何とか今日まで無事来れました。」
って言ったらやっぱりちゃんと聞いてたらしく
「なんでよ〜。楽勝やったヤン。」と言うのです。


楽勝じゃないよ〜。
私の努力と忍耐と忍耐と忍耐の結晶だよ!!
って、喉から出そうでした。

結婚は忍耐だよ、って聞いてたけど
本当にテンプレですよ。

何が一番忍耐かって言うと
パウリーが可哀想、ってことですよ。

ダックスのチャーコが布団に何回もオシッコするので
寝室から閉め出したのですが
何故かパウリーも閉め出され。

チャーコはミッチーのベッドに潜り込んで寝てますが
パウリーは一人寂しく犬ベッド。


旦那の言い分は、私が喘息持ちだから、だそうで
確かにパウリーと離れてから発作が出ない私。
でも、でも、でも!


ずっと私のベッドで一緒に寝てきた子がですよ。
旦那はパウリーとライバル心を燃やしてか??
しょっちゅういがみ合ってます、犬と。

私の心は100%パウリーの味方ですよ。
旦那は素敵な人です。
人族とは思えないほどです。
でも、パウリーの良さがわからないらしいです。
そんな人とは思わなかったのが、この結婚の誤算です。

私の結婚三周年は、パウリーに苦労をかけてる三周年です。

でもパウリーは旦那の事が大好き。
大好き大好き大好き、って感じです。
こんな可愛い子がこの世にいるでしょうか。
宇宙はこの子が愛で満たしているに違いない。


骨折りまくりミッチー

10 03, 2013
義母のミッチーが骨そそう症で今年だけで二度骨折してます。

あばらを三本折ってやっと治ったかと思えば、すぐに大腿骨頸部損傷。

入院手術の介護のため毎日車で病院通いしています。

そのためパウリーの散歩に行く暇が無く、またまた母に預けています。

そうこう病院に通い続けて2ヶ月、私は過労で持病の緩解していた喘息が再発。

この1ヶ月と言うもの熱が下がりません。

パウリーに会いたいです。

パウリーと一緒に眠りたい。

パウリーと一緒に歩きたい。

パウリーと目を合わせたい。

パウリーに舐められたい。

パウリーを舐めたい(時に舐め返してた)



募る思いもあんまり言うと自分が辛くなるし旦那もヤキモチを焼きそうなので

自分の中でぐーーっと押し殺し。

ストレスたまるなああ。

パウリーは私の癒し。

命の半分くらい。




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プロフィール

理恵

Author:理恵
2005年10月10日生まれのパウリー(JRT)とやっぱり2005年10月生まれのセキセイインコ・アイスバーグさん

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