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ダヴィンチのGANTZ

05 11, 2010
gantzotaku.jpg


雑誌ダヴィンチを久しぶりに買いました。
GANTZ特集してて奥浩哉先生のインタビュー目当てです。
私はGANTZのコミックス巻数が一桁の頃からはまってて、この映画化に寄せる期待は大きいです。
ましてやキャスティングが二宮さんだから雑誌を買ってしまうのも是非も無し。
読んだら捨ててしまう雑誌は不経済なので、あまり買わないようにしている私ですがこれは買って良かった。
色々う~~んとうなることあり。

奥先生がハリウッド映画の表現とコミックの表現の違いを説明されてて、
漫画も映画もお互いを意識しつつその表現を進化させて来た。
奥先生も、何度も何度もハリウッド映画を見ては、映画には出来ない、まだ作品化されていない表現を追求しようと研鑽されて来たらしい。
何より面白かったのはハリウッド映画の脚本作りの本を読み、そこから漫画のシナリオを作って来たと言う事だ。

奥先生の漫画の面白さはわかりやすく無駄の無いセリフがとても映画的な所。
登場人物のセリフが予定調和的と言うか。
洗練された展開はまさにハリウッド映画。
その秘密がわかってファンとしては嬉しい。

そして、映画には出来ない表現がコマ割りだと先生は言う。
小さなコマが続く漫画が見せるいきなりの見開き。
この驚きの迫力は映画には出来ない事だと言います。

まさにそれは映画館のスクリーンがいきなり10倍くらいに広がるようなものですから。
見開きの中にコマが10個以上入る誌面が続いた後の見開きドーーン。
確かに映画は真似出来ません。

後,ONEPIECEでも空島編での戦闘のコマ割りや構図がすごくハリウッド映画っぽかった記憶が。
これは効果的だったかと言うとむしろ逆で私はあまり好きではなかった。
あの一時期はONEPIECEと言う作品のテンポが変わってしまった気がしたものだ。
でも今になって振り返ってあの手法を考えると、映画は見たまんま時間が逆行すると言う事はない。
DVDで巻き戻すと言うのは別にして普通、一方通行に時間は流れる。

しかし漫画の見開きに数コマ入る映画的のフィルムのような画がそこにあると、目は先へ先へ進む事も出来るけれど,瞬時に現在過去未来を同時に見れる。
時間の経過の俯瞰。
これは映画には出来ない効果だと思う。

まだまだ漫画の表現にも可能性が広がっているんだなあ。



あともう一つ面白かったのが萱野稔人(かやのとしひと)氏のGANTZ論。
氏曰く
人間は自分の存在に不安を抱いて生きている。
でも人間と言う生き物は、あるきっかけで自分の命を犠牲にして何かを守ろうとすることがある。
死んだら無になる人間が自分の存在価値を計りかねて不安になる存在不安を否定する究極の方法は,死んでも残る何かを残す事。
自分の命を越えた何かを守るために自分の命を捧げると、偶然だった自分の『生』が『必然』になる。
それが戦の原動力になる。
存在不安と暴力の普遍的関係を巧みに描いたのがGANTZだと言うわけです。

私はこのたび、この人のインタビューで初めて知った言葉があります。
『承認空間』と言うやつです。
人間は自分の存在価値を自分では証明出来ず、他人から承認される必要がある。
人間は承認空間で相互に承認し合って生きる意味を与え合っている。

ふ~~ン,言われてみればそうだわね。

しかし、このGANTZの世界では、死んだ人間を生き返らせることが出来ると言う新ルールが生まれて、その承認空間さえ崩れ去るのです。
う~~ン,面白い。

それならば母親に会いたいと言っていた私の贔屓キャラ「西」が壊れてしまったのは、母親と再会したものの満たされなかったか、その関係も壊れてしまったか、母親がすでに死んでいて会えない人になっていたか、そんな何かが隠れていそう。

守りたいものが無かったら壊れてしまいそうな世界観だ。

でも奥先生はこの作品を最後にはハッピーエンドにする、と言い切っている。
(こんなこと言っちゃっていいのかな?^^;)
でもだから、安心して付いて行こう(でもどこか知ってガッカリだけど☆)

この作品がすでに完成した所から一気に息もつかせず読めたなら幸せだったなあ。


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2 CommentsPosted in 目からウロコ
-2 Comments
By すみれ05 12, 2010 - URLedit ]

ダヴィンチってまだあるのね~懐かしい。
本をよく読んでた頃に、よく買ってたよ☆

『人間は自分の存在に不安を抱いて生きている』確かにそうかも。
自分がこの世に生きてる意味を見つけたいんだよね。
誰かに必要とされたいんだよね。
産まれる時も死ぬ時もひとりなんだけど「誰かに‥」とか「誰かと‥」って
結局は人間ひとりでは生きていけないんだよね。
誰にも必要とされてないんじゃないかって、今もたまに思う時があるけど
二十歳前後の時の多感な(笑)?時の方がそういう風に強く思ったりして
今も臓器提供カード携帯してるんだけど、ちょうどその頃に全部に○付けて
携帯しはじめたの。
もし急に死が訪れても、誰かのために私が生きれたっていう証に。

きっと、誰でも大なり小なり「誰かのために」という思いはあるよね。
自分のために自分が生きてるって考える傲慢な人って、居たら本当に嫌だな。

『承認空間』に、う~んと深く頷いたよ(笑)
まさにそうやってるからこそ、生きていけてるんだよね。

今の私、ショーンというプリティーな存在があるからこそ生きていけてます(笑)

By 理恵05 14, 2010 - URL [ edit ]

私も。
パウリーと言う暴れん坊がいてくれるからこそ、です。
以前パウリーの関節のゆがみを見つけたとき,直そうと必死で病院を探してるとき,上司に「所詮犬でしょ?」って言われた時は「あかん~~。この人の下は無理。」って思いました(苦笑
この価値観って犬にはまった人にしかわからないでしょうね。
所詮犬と人なんて、もしも万が一喧嘩になったとしても100%人間(飼い主)が悪いのは間違いない。
それくらい知的でジェントルマンな生命なんだってことですね
犬に承認された承認空間の幸せはちょっと言葉に尽くせないものがありますよね。
ただ、私のこの承認空間、お散歩の時パウリーに存在忘れられてる気がする事があるのですが~~~。
不憫な飼い主ですワン。

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2005年10月10日生まれのパウリー(JRT)とやっぱり2005年10月生まれのセキセイインコ・アイスバーグさん

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